読み上げる

刑法

緊急避難

[問題]

甲は、路上で暴力団員乙に絡まれた際、激怒した乙が「ぶっ殺してやる」と言ってナイフで切り掛かって来たので、その場から逃げるために通行中のAを押し倒し、Aに全治10日の傷害を負わせてしまった。この場合における甲の刑責について述べなさい。

  1. 結論
  2. 甲は、Aを押し倒して傷害を負わせたが、緊急避難が成立し、刑責を負わない。

  3. 傷害罪
  4. 他人の身体に傷害の結果を発生させる罪である(刑法204条)。傷害とは、人の生理的機能を害する行為をいう。

  5. 正当防衛
  6. (1)意義

    急迫不正の侵害に対し、自分又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為をいう(刑法36条)。

    (2)防衛行為の相手方

    防衛行為が向けられる相手方は、不正の侵害者に限られる。防衛行為が第三者に向けられた場合、正当防衛は成立せず、緊急避難の成否が問題となる。

  7. 緊急避難
  8. (1)意義等

    自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為をいう(刑法37条)。緊急避難が成立する場合には、行為の違法性が阻却され犯罪は成立しない。

    (2)要件

    ア 現在の危難

    法益に対する侵害が現に存在していること、又は侵害の危険が切迫していることをいう。危難が違法である必要はない。

    イ 危難を避けるためであること

    客観的に危難を避けるためのものであり、かつ、主観的にも避難の意思があることが必要である。

    ウ やむを得ずにした行為(補充性)

    危難を避けるためには唯一の方法であって、他にとるべき方法がなかったことをいう(最判昭24.5.18)

    エ 法益の権衡

    生じた害が避けようとした害の程度を超えないことをいう。同程度の場合、法益の権衡は認められる。

  9. 設問に対する検討
  10. 甲がAを押し倒した行為は、傷害罪の構成要件に該当するが、ナイフで切り掛かってきた乙から逃れるためのもので、正当防衛又は緊急避難が成立すると考えられる。

    まず、Aは不正の侵害者ではないため、正当防衛は成立しない。

    しかし、甲は乙の侵害行為から逃れようとしており、現在の危難及び避難の意思が認められる。また、乙の侵害行為を避けるには、他に方法がなかったといえる。さらに、守る法益も侵害する法益も人の身体であることから、法益の権衡が認められる。

    以上により、甲に緊急避難が成立する。