読み上げる

刑法

名誉毀損罪

[問題]

理髪店を営む甲は、近所に転居してきた乙が殺人を犯して出所してきた者であるといううわさを聞き、客に対して「乙は人を殺して刑務所から出てきたばかりで、危ないから注意した方がいいよ」と言いふらしていた。

この場合における甲の刑責について述べなさい。

  1. 結論
  2. 甲は、名誉毀損罪(刑法230条1項)の刑責を負うことになる。

  3. 名誉毀損罪
  4. (1)意義

    人の名誉を毀損するに足りる事実を公然と摘示して、人の名誉を毀損する罪をいう。

    (2)客体及び保護法益

    本罪の客体及び保護法益は、いずれも「人の名誉」である。人の名誉は、保護法益であると同時に構成要件上の客体となる。なお、人の名誉とは、人に対する社会一般の価値(社会的名誉)のことをいう(大判大5.5.25)

    (3)公然性

    不特定又は多数の者が認識し得る状態をいう(大判昭6.6.19)。相手が不特定の者である場合は多数の人か少数の人かを問わず、多数の者である場合は特定人であるか不特定人であるかを問わない。

    (4)事実の摘示

    摘示される事実は、相手がどのような名誉を有するかによって決まるが、人の名誉が毀損されるものと認められるものでなければならない。

    事実の内容の真偽を問わず、公知の事実であると非公知の事実であるとを問わない。

    事実の内容は、行為者自身が直接見聞したものとしての摘示でも、風評や伝聞としての摘示でもよい。

    (5)名誉の毀損

    名誉を毀損するとは、人の社会的評価を低下させるおそれのある状態を生じさせることをいう。現実に人の社会的評価が害されたという結果は必要ない(大判昭13.2.28)

  5. 設問に対する検討
  6. 設問における甲は、理髪店の客に対して、乙が殺人で服役した出所者であるといううわさがあるという事実を言いふらしている。たとえうわさの内容が真実であったとしても、前科や服役事実は、人の社会的評価を低下させ得る事実である(大判大3.11.24)。また、客に対して言いふらす行為は、多数の者への摘示であって伝播の可能性があり、公然性が認められる。

    以上のことから、甲は名誉毀損罪の刑責を負うことになる。